キングセイコーって何?グランドセイコーとの違いは?

  • 投稿日:2024年01月24日

こんにちは、中野ブロードウェイの時計専門店「れんず」です。

日本が誇る高品質な時計ブランド、SEIKO
そのSEIKOが世界へ打ち出した高級志向ブランド、グランドセイコ-。

では、6時に堂々と佇む「KING SEIKO」の文字。
このキングセイコーって、何です??
今回はそんな記事です。

諏訪と亀戸

キングセイコーを語るには、まず「第二精工舎」と「諏訪精工舎」、そしてSEIKOの歴史について知ることが必要です。

1881年、「服部時計店」にて輸入時計の販売と修理を行なっていた服部金太郎。
1892年に「精工舎」という工場を作り、1924年に「SEIKO」としてブランドを立ち上げます。

そんなセイコーは1937年、生産増強を狙って腕時計製造部門を切り離し、新しく「第二精工舎」という会社にします。

しかし、東京・亀戸に作られたその第二精工舎は、2年後の世界大戦により壊滅的な被害を受けてしまいます。
精工舎共々、工場や社屋がぼろぼろになってしまったので、いくつかの疎開先で生産を続けていました。

1945年に終戦を迎えた日本。
1949年には亀戸の第二精工舎を中心として復興を始め、多くの疎開先の工場は撤収して亀戸に戻りましたが、長野県・諏訪の工場はそのまま残って生産を続けました。

こうして、諏訪亀戸、ふたつの工場で時計製造を行うようになったのです。

1955年、日本が高度経済成長期に入ったこともあってか、ふたつの工場で別の時計を開発・製造し、互いに切磋琢磨していく関係になりました。

グランドとキング

1956年。諏訪工場から「マーベル」が登場します。
様々なコンクールで勝ち上がり、国産腕時計のイメージアップに貢献しました。
1958年。そんなマーベルに対抗してか、亀戸から「クロノス」が登場します。

翌年の1959年、時計の部品製造を担当していた大和工業と合併した諏訪工場は、「諏訪精工舎」として躍進していきます。

そして、1960年。初代グランドセイコーが諏訪精工舎から誕生します。
厳密な精度検査(GS規格)を合格した時計のみを、歩度証明書付きで販売しました。

1961年、これを追いかけるように亀戸の第二精工舎から生まれたのが、初代キングセイコーです。
秒針を止める機能や歩度証明書がない代わりに、抑えめの価格で販売されていました。
(とはいえ、当時の国家公務員の初任給を上回るほどの価格だったそうです)

出典:グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語

2代目キングセイコー「KSK

東京オリンピックでSEIKOが公式タイムキーパーを務めた翌年。
1965
年に、2代目キングセイコー「44KS」が誕生します。

こちらのモデルは「KSK」の名でも親しまれており、KSはキングセイコー、末尾のKは「規制付き」のKであるといわれています。
初代キングセイコーにはなかった秒針規制装置を備え、洗練された独自のデザインを持ち生まれてきた2代目。

グランドセイコーは精度を、キングセイコーはデザインを重視しており、SEIKOはこの二つの観点から機械式時計を追求していきました。

名機「44GS

キングセイコーからやや話は逸れますが、1967年には、第二精工舎から「44GS」と呼ばれる名機が生まれます。


△Seiko Design 140より、44GS

グランドセイコーの腕時計は、知っている人なら一目で「GSの時計だ」と分かるデザインをしています。
それは、セイコースタイルと呼ばれるデザインのルールを守っているためです。

そして、このセイコースタイルのベースとなっているのが、44GSです。


6時には、GSロゴの下に亀戸工場で作られた証であるマークが確認できる。

同年に諏訪精工舎からグランドセイコー初の自動巻きモデル「62GS」が登場したことで長くは販売されず、希少価値の高い伝説のようなモデルとなっております。

出典・画像:Seiko Design 140「セイコースタイル」 グランドセイコー、腕に輝く9の物語。

クォーツショック

機械式時計やSEIKOについて調べたことがあれば、「クォーツショック」という言葉を聞いたことがあるかと思います。
1969年、機械式時計業界を大きく震撼させた「クォーツ式時計」が誕生しました。
安価で高精度なクォーツ式時計により、世界中の機械式時計メーカーが倒産や経営方針の転換をすることになります。

しかし、打撃を受けたのはスイスやアメリカの機械式時計メーカーだけではありませんでした。

1975年、キングセイコーは生産終了となります。

その背景には、クォーツ時計の台頭であったり、石油危機による高度経済成長期の終わりであったりと、様々な要因があったと思います。

キングセイコーの復活

服部時計店の創業から140年の時が流れ、2021年。

SEIKOは創業140周年記念モデルとして、キングセイコー「KSK」を復刻させました。


△キングセイコー60周年でもあった2021年。キングセイコーが来ると予想していたファンもいたかもしれません

初代ではなく2代目のキングセイコーが選ばれたのは、「現在も受け継がれているデザイン面での独自性」が大きな要因とされています。

現代だからこそできるアップデートを加えつつ、オリジナルモデルのデザインを見事に再現した復刻モデルは大きな反響を呼びました。

翌年の2022年には更にブラッシュアップを図った後、レギュラーモデル入りを果たしました。

出典・参考:SEIKO stories Vol.32「キングセイコー 受け継ぐもの、変えていくもの。」

現在の関係

さて、このように、はじめはグランドセイコーを意識して作られていたキングセイコー。

現在はセイコーの一ラインアップとして、トップページに並んでいます。

一方、グランドセイコーは2017年以降、セイコーから独立した高級志向ブランドとして扱われています。
最早このふたつは比べるようなものではなくなったといえるでしょう。

世界へ向けた高級志向ブランドとしての戦略を成功させたグランドセイコー。
一度は生産終了を迎えながらも、ファンの声に応えて復活を果たしたキングセイコー。

かつての幼馴染が今は別の道を歩んでいるみたいな。
昔の切磋琢磨があったからこそお互いの現在があるみたいな。そういう感じですね。

現在、諏訪精工舎はセイコーエプソン株式会社として、プリンターなどを作っています。
セイコーと名は付くものの、既にセイコーグループからは独立しており、関係は薄いです。

亀戸の第二精工舎の方は現在もセイコーグループの子会社です。
セイコーインスツル株式会社として半導体や電子機器の部品のような電子デバイス等を作っています。

また、グランドセイコーは現在の生産地が明言されており、岩手県・雫石と長野県・信州にて製造しています。

出典:2つの製造地、2つの工房、3つのムーブメント

キングセイコーのエンブレム

キングセイコーは盾をシンボルとしています。

個人的には、キングと名が付くので王家の紋章(エンブレム)からイメージを取ったのかなと思いました。
ちなみに紋章のデザインに盾がよく入っているのは、かつて戦場で鎧を纏っていても個人の判別ができるよう、盾に印をつけていたことの延長線上にあるからとのことです。
あとは主観的なイメージではありますが、堅牢でがっしりした印象を与えられそうな気もしますね。

参考:紋章の歴史
出典・画像:Seiko Design 140 「キングセイコー」

年表

こちら、この記事を書くにあたって書き起こした年表です。

セイコーが生まれてから、キングセイコーが生産終了するところまで書いてあります。
せっかく作ったのでご覧ください。

※もちろん、年表に記載したモデル以外にも様々な時計を生産し、世に残しています。
今回必要そうな情報のみを拾った年表になりますので、よろしくお願いします。

まとめ

ちゃんと調べて歴史を知ると、もう「キングセイコーって何?」とは言えなくなっちゃいますね。
グランドセイコーと肩を並べて競い合った過去。セイコーウォッチを選ぶ際の選択肢に加わった現在。
スーツにもオフの日にもさらりと似合い、高級腕時計特有のぎらぎらした感じが苦手な方にもおすすめできる、スマートなコレクション。
これがキングセイコーです。

当店でも入荷経験は少ないキングセイコー。
また入荷してきた際には似た雰囲気のセイコー、キングセイコー、グランドセイコーを並べてみたいですね!


↓ 他の記事も併せてどうぞ ↓

青針?ブルースティール?あの青い針に関するまとめ

【GS】モチーフは季節と自然!美しい「杪夏」モデル新入荷!

ブログ一覧はこちらから

NY

このブログをシェアする